イノベーターの至言

第3回 イノベーターは「土俵を変える」

今日の至言

‘My mother used to tell us, “Carl, put on your shoes. Oscar, put on your prosthetic legs.” So I grew up not thinking I had a disability. I grew up thinking I had different shoes.’
「母は僕たち兄弟にいつもこう言っていた。『カール、靴をはきなさい。オスカー、義足をはきなさい』だから僕は障害があるなんて思わずにただ〈違う靴をはいているだけ〉っていうふうに思って育ったんだ」(筆者訳)

Oscar Leonard Carl Pistorius
Born 22 November 1986
South African sprint runner, the fastest man on no legs

 今回の至言の主はオスカー・ピストリウス、ロンドンオリンピック男子400m走で準決勝進出を果たした南アフリカの義足スプリンターです。

 ものごとを「良い/悪い」「優れている/劣っている」「健常/障害」というような善悪や優劣で捉えるのではなく「違い」として捉える考え方は、イノベーターに必須の思考回路と言えます。つまり、イノベーターは決まったひとつの評価基準でものごとを考えず、違う評価基準をもち、そして考えるということです。「違い」を「違い」と捉えて、それを活かそうと考えます。

 言い換えれば、イミテーターは常に他人が決めた勝負の土俵で勝負に挑んでいきますが、イノベーターは自分の特徴を活かして土俵そのものを定義し直してしまう、つまり「土俵を変える」ことを常に目指している人たちなのです。

 実は、これと本質的に同じものの見方をしている「イノベーターアスリート」が我が日本チームにもいます。なでしこジャパン主将の宮間あや選手の言葉を引用してみましょう。

 「日本とアメリカとの間にあるのは「差」ではなく「違い」だという発想が大事になるでしょう。たとえばフィジカルを差ととらえてしまうと、アメリカのようにフィジカルの強いチームを目指さなければならない。それでは、いつまで経ってもアメリカの上にいくことはできません」(*)

 どうでしょうか。ものの見事に、「同じ土俵で戦わずに別の土俵を定義し直して戦う」見本のような考え方です。評価尺度が一つであると考えてしまうと、そこでの戦いに持ち込まれれば敗色は濃厚ですが、それを「違う戦い」に持っていくことで、ある一つの尺度で見た場合に不利であっても、それは十分に克服できるというのがイノベーター的な考え方と言えるでしょう。

 本連載の第2回で「線を引くかどうか」がイノベーターとイミテーターとの違いだとお話ししました。これと今回の「違う尺度で見る」という視点とを合わせると、イノベーターとイミテータ―との思考回路の違いは、下図のようなイメージになるのではないでしょうか?

 異なるいくつかの事象を見たときに、イミテーターの思考回路の特徴は、

 ①既存の評価基準に当てはめて「優劣で」捉える
 ②その基準の外側にあるものは「非常識なもの」として排斥する

 であり、これに対してイノベーターの思考回路の特徴は、

 ①異なる評価基準や視点でものを見る
 ②一見、枠の外にあるようなものはそれを説明する別の視点があるのではないかと考える

 ということになります。ビジネスの戦略で言えば、イミテーターは「ナンバーワン」志向、イノベーターは「オンリーワン」志向と言ってもよいでしょう。

 冒頭の言葉にもどりましょう。私たちから見れば、「よーいドン」と横並びで他の選手と同じように走っているように見えた400mの戦いですが(出場の妥当性についての議論もあるようですが)、実はピストリウス選手だけは「違うレース」を走っていたのではないでしょうか。

(*)二宮清純「フットボールの時間」 第157回 “差”ではなく“違い” ~宮間あやインタビュー~

(次回公開予定:2012年9月20日)

2012年8月20日更新

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