言論のアリーナ

第28回 『賢人と奴隷とバカ』と『NOヘイト!』フェア

「ドレイのためになりたいといつも公言している賢人」

2023年4月に上梓した『賢人と奴隷とバカ』(亜紀書房)の冒頭に、社会学者の酒井隆史(さかいたかし)は魯迅(ろじん)の小説のパロディである一つの寓話(ぐうわ)を据えている。その寓話は、「書き散らしてきた時事的文章をまとめるなど、想像もしていなかった」が、ここ10年に「社会の崩れ落ちるさま」をまとめて「おとしまえをつけないことには、つぎにすすめない」と、酒井の直近10年間の時評を集めたこの本の内容を、見事に集約している。

「ドレイのためになりたいといつも公言している賢人がいました」で始まる寓話を要約すると、次のような内容だ。

賢人は、バカを主人よりも嫌っているのである。バカは、ドレイのために即座に直接行動に出て、いったん決めたら譲らず、他人の言うことを聞かず、賢人の「思慮にあふれる計画」を台無しにするからだ。

苛立った賢人は、嫌いだったはずの主人の側の賢人たちと一緒にバカの意見が通らない仕組みをつくる。バカの意見は通らなくなり、ドレイは賢人にあこがれて賢人のマネをする。ところが、バカが力を失うと主人の側の賢人は、ドレイやドレイの側の賢人をバカだとみなし、追い出そうする。正真正銘のバカがいなくなった世界では、ドレイもドレイの側の賢人の声も完全に無視され、彼らの「おれたちはバカではない」という叫びも、むなしく大空に消えていくのみだった……。

酒井がこの寓話で伝えようとする2010年代の総括は、ズバリ、デモクラシー(民主主義=大衆統治)の崩壊である。崩壊というかぎりは、この国においてデモクラシーが、かろうじてでも存在していたことを前提とする。そしてその崩壊は、過去のデモクラシーの存在を否定する作業と並行している、すなわち過去のデモクラシーの隠滅と、今日のデモクラシーの崩壊が、同期(シンクロ)しているのである。その下手人(げしゅにん)は、知識人、それもデモクラシーの味方であると公言してきた知識人、すなわち、寓話に登場する「ドレイのためになりたいといつも公言している賢人」である。

賢人たちは、「戦後民主主義」「全共闘運動」を、そうしたラベリング(名付け)によって葬り去ろうとしてきた。しかし、「戦後民主主義」という「主義」があるのではない。そして民主主義を求める戦いは、もっとずっと前から(そして「もはや戦後ではない」と一方的に宣言されたあとにも)続いてきた。「戦後民主主義」というラベリングは、そうした持続をある一定の期間で切り取り、「民主主義」をあたかもその一時期に現れた「敗戦国日本が戦勝国によって与えられた」イデオロギーに貶(おとし)めてしまう。

戦後の節目節目に「賢人」たちがこぞって生み出した言説=「『戦後民主主義』をどうするか、などという問い」が、「そもそも『戦後民主主義』的ではないかもしれないのである」と酒井は言う。「『戦後民主主義』を担ったとされる人たちは、たいてい『戦後民主主義』なるものを担おうとか、守ろうと考えていたわけではなく、たんに、デモクラシーの確立や、深化、根づき、あるいは実現をもとめていたであろう」(『賢人と奴隷とバカ』p93)。

「賢人」に消し去られた「バカ」

同様に「賢人」たちは、「全共闘運動」を、「1968年」の出来事、例えば東大安田講堂落城という時点で終焉(しゅうえん)した短い時間幅の「事件」にすり替える。そうではない、と酒井は言う。

「全共闘運動なるもの、一九六八年なるものは、当然、個別の闘いは物理的に消えはするが、なんにも終わったものではなかった(いまでも終わっていない)。だから、そもそも『総括』されるような特権性はみとめられない――というよりまったく実感と一致しない――し、そのような特権性を騙(かた)る人間がいるとしたら、わたしたちにとってのそれとはなにか別のことをいっているのだ」(同p123)

酒井が「いまでも終わっていない」と言う「全共闘運動」の「核心」とは、「境界の撹乱(かくらん)」であり、「本来受動的であるべき存在が能動性をもってあらわれた」ことなのだ(同p133)。その「全共闘運動」の「核心」の継続の事実こそ、時代が下るにしたがって隠滅されてきたのである。 酒井は、評論家である津村喬(つむらたかし)の『横議横行論』(航思社)第Ⅱ章「群衆は増殖する」から、次の文章を引用する。

「六八、六九年の大学を舞台とした祝祭の群衆が去ったあとで登場した七〇年代の群衆は、基本的に迫害群衆であった。公害と開発に反対する住民闘争、そして消費者運動は、具体的な怒りを抱き、直接の敵をもっていた。三里塚や富士川火力をはじめとして、『武装した学生軍団』よりもはるかに徹底した反権力の暴力を行使しえた群衆の形成例を、われわれはいくつも挙げることができる。局部的であれ、秩序の転覆をめざす群衆がたちあらわれ、その裾野ははかりしれなかった」(『賢人と奴隷とバカ』p127)

津村の証言を受けて、酒井は言う。

「近年の顕著な知的傾向に一九七〇年代の忘却というものがあるが、それがなにを忘却しようとしているのか、この一節はよく示している。『過激派』学生などよりはるかに徹底して反権力たりえた、とここでいわれている大衆(運動)の存在である」(同p128)

酒井の言う「全共闘運動」の「核心」=「本来受動的であるべき存在が能動性をもってあらわれた」の「本来受動的であるべき存在」とは、「被統治者」であり、もっとありていにいえば「被支配者」である。この国の「大衆」は、(「お任せ民主主義」的傾向を鑑みてあえて言えば自ら進んで)「被支配者」の立場に置かれ続けてきた。だが、ときに例外もあった。それが、「全共闘運動」だったのだ。そのとき、「被支配者」であった民衆は「支配者」となり、そのことによって、デモクラシー(大衆の支配)の萌芽(ほうが)が見られたのである。だが、その後の歴史の中で、その記憶は消し去られていった。

「過去のデモクラシーの存在」を消し去った「賢人」とは、そう、「民主主義」を標榜(ひょうぼう)する「知識階級」の人たちである。消し去られたのは、ときに暴力をも厭(いと)わず直接行動に出る「過去のデモクラシー」の担い手=「バカ」であった。

自分たちの「民主主義」の計画に邪魔になると「バカ」の力を削ぎ、デモクラシーの芽を摘んでしまった「賢人」は、「ドレイ」(労働者)のためを思いながら結果的に「主人」(資本家)に利することになった。「主人」は、実際に行動に出る「バカ」を最も恐れていたからである。

恐れるものがなくなった「主人」は、「賢人」の言うことも決して聞かない。「賢人」は無力となり、「ドレイ」の力には、まったくならないのである。「この魯迅のパロディに遭遇して、目の前でみていることをおそろしくそのまま表現していることに感服した」と酒井が言う所以(ゆえん)である。

そして「過激中道」が跋扈する

こうして、バカの排除と「賢人」の無力化のプロセスが進んで、今日(こんにち)行き着いたところが、「エキセン」の跋扈(ばっこ)である。「エキセン」とは、ExtremeCenterの略、ExtremeLeft(極左)、ExtremeRight(極右)の中道版である。「中道」に「極」がつくのは言語矛盾のようで日本語に訳しにくい概念であるが、酒井は、「これがまた、日本の現象を理解するのに、めちゃくちゃ役に立つ」(同p171)と言い、仮に「過激中道」と訳している。彼が高く評価してその著書を何冊も訳している人類学者のデヴィッド・グレーバーは「二〇二一年に、エキセン現象についてこれから取り組むのだ、と宣言して、その手始めであるYouTubeの動画を残したまま亡くなった」(同p173)。酒井は、「二〇一〇年代を考えるときに不可欠であるとおもわれるこの『過激中道(エキセン)』概念について、どうしても書いておきたかった」(同p441)と言い、本書のために一章を書き下ろして、次のように題した。

「『穏健派』とは、世界で最も穏健じゃない人たちのことだ」(同p169)

「エキセン」はCenterであるから、確かに「右でも左でもなくその中間」であるが、それにExtremeがつく。酒井は次のように説明している。

「ふつう中道というと『中庸』をイメージする。しかしここでの中道はそうではない。それはそうした中庸とかそれにつらなる穏健のイメージを利用しながら、独特の仕組み、すなわち、一見、脱政治化したテクノクラート的合理性を掲げる政治だ。これがエキセンと呼ばれるものだ。(中略)左右の対決は、それが代表制のフレームに制約されていたとしても、まだ社会が利害による諸勢力によって分割されていること、そしてその分割を超えて社会を運営していくためには、なにがしかの対話的モメントが必要であること、要するに、デモクラシーのモメントの一片は保持している。ここであらわれる中道はそれ自体を拒絶するものだ」(同p181)

つまり、「エキセン」とは、「対立自体を拒否する」、そしてそのことによって「デモクラシーそのものに対立的」(同p181)なのである。

「『既得権益の擁護者』とか、『時代遅れの左翼』とか、いろんなかたちで対立的要素を『極端』であると――『極左』、あるいは日本ではこの呼称自体が忌避されるのであまり実感がないが「極右」であると――周縁化していって、より『冷静』『穏健』で『合理的』である、『是は是、否は否』的な態度でのぞむ(と自認する)ものが糾合する」(同p182)

そのようにして、「エキセン」勢力が発生し、増殖してきたと酒井は言う。だが、ときに暴力や殺人、テロ、内ゲバをも辞さない「極左」「極右」を排除することは、正しいことではないのか?

世間で蔓延(まんえん)している「極左」「極右」観のステレオタイプの是非については置くとしても、そのステレオタイプに含まれている諸悪は、「極左」「極右」を排除した「エキセン」の中で生き延びていることを見逃してはならない。それは、あからさまには目に見えないだけに、より厄介なのだ。

「極左」「極右」を排除し、「穏健」を自称する「エキセン」には、「テクノクラート的発想が浸透している」と酒井は言う。

「それは多かれ少なかれデモクラシーの不信や否認と結びついているし、『大衆嫌悪』とむすびついている。まさに二〇一〇年における知識人の『大衆の恐怖』だ。これは政治的立場のおもてむきの左右は関係ない」(同p185)

「大衆嫌悪」「大衆の恐怖」、それが赴くところは、すなわちデモクラシーの排除である。 「エキセンは、おもてむきは『穏健』だが、経済的リベラリズムの原則と権威主義的行政府主導の政治を志向するものだ。(中略)エキセンとファシズムの親和性には注意する必要がある。いうまでもなくスターリニズムもだ。とりわけ、スターリニズムが、革命の『中道化現象』であったことは示唆的なはずだ」(同p180)と酒井は言っている。

「エキセン」勢力の増殖・跋扈の結果、日本では「世界的には『極右』とされる要素(レイシズム、セクシズム、『歴史修正主義』など)でも、日本のなかではそれがエキセンのフレームの内側に投入され」ていると酒井は指摘する。「極右」がいなくとも、「極右」的な差別構造は温存されているのだ。「エキセン(過激中道)」の中に。例えば酒井は、「差別言語糾弾」の変貌を指摘する。

「それはむしろ、言葉とイメージを制約する言葉の権力性を解体し、自由と創造性の幅を拡大するものであったのだ。ところが、『一方にテレビ局の「放送用語言いかえ集」の頽廃(たいはい)を置き、他方に諸党派による糾弾ごっこの政治主義的利用という愚劣』によって、その意義が見失われている」(同p158)

隠蔽される差別構造と書店の棚

「極左」や「極右」、すなわち寓話の「バカ」がいなくなり、あからさまに差別する者も、それを声高に糾弾する者もいなくなった。隠蔽(いんぺい)されながら存続する差別構造は、ますます破壊しづらくなる。ぼくが、「書店店頭から『ヘイト本』を外せ」という罵声(ばせい)に対して態度を留保し、むしろ書店店頭は本を介して主張と主張が正面からぶつかり合って闘う「言論のアリーナ(闘技場)」であるべきではないかと言うのは、それゆえなのだ。以前より見えにくくなり、それゆえにさらに陰湿・強靭となった差別構造の存在、そしてそれを支持する、それを利用する人たちがいることを白日のもとに晒(さら)し、批判・糾弾するためなのだ。

酒井が「エキセン」の「大衆嫌悪」「大衆恐怖」(すなわち「バカ」を馬鹿にしながら恐れる姿勢)を批判し、「これは政治的立場のおもてむきの左右は関係ない」と書いているのを読んだとき、ジュンク堂書店難波店で「『NOヘイト!』フェア」(参照:第2回『NOヘイト!』フェア顚末記)をやった際、そのフェアにクレームをつけてきた一見対照的な人たちのことを思い出した。

ある人たちは、ぼくが「ヘイト本」に「NO!」を表明し「ヘイト本」を批判・糾弾する本を集めたそのフェアの主旨に対して、「憲法で保証された思想・表現の自由」を盾に取ったり、「書店員は公平中立であるべき」と主張するなどしてクレームをつけてきた。

一方の人たちは、ぼくが、代表的な「ヘイト本」といえる本をそのフェアのラインナップに加えたのを見て、「『ヘイト本』を批判するフェアには賛同するが、そこに『ヘイト本』そのものを置くことには反対だ。知識の乏しい読者、事情をよくわかっていない読者が、そのような本を読んで感化されたからどうするのだ」と意見してきた。ぼくは、「書店員は公平中立であるべきだ」と誰が決めたのだと思っているし、「知識の乏しい読者」を慮(おもんぱか)る人たちが、飛び抜けて「事情をよくわかって」いるとは思わない。

二手の批判者は、その立場は正反対なのだろうし、ご本人たちもそう自覚しているにちがいない。だがぼくには、双方の言葉に、同じ音調を聞きとっていた。どちらも、みずからの気に染まない本を書店店頭から追放し、「対立自体を拒否する」、そしてそのことによって「デモクラシーそのものに対立的」な「エキセン」であったからだろうかと、今思う。

2023年6月30日更新 (次回更新予定: 2023年07月25日)

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