2012年ベストの科学本
今回の本は、私が今年読んだなかでベストといっていいほどの傑作である。 大河内直彦(おおこうちなおひこ)さんという海洋研究開発機構の科学者が書いた『「地球のからくり」に挑む』。2012年6月ごろに出版された本だが、もう3回は読み返した。
著者の大河内さんは、いい科学本をいくつか書いておられる方で、なかでも『チェンジング・ブルー』という本は、地球温暖化や気候変動について、詳細に、さまざまな視点から書かれており、たいへんすばらしかった。ただ、この本は400ページもあり、内容も多少専門的で、一般にはあまりおすすめできない。
今回の『「地球のからくり」に挑む』は、雑誌への連載をベースにして書かれたもので、一般にもわかりやすく書かれている。テーマは、「エネルギー」だ。いまわたしたちが利用している石油や原子力などのエネルギーについて、地球の成り立ちから考えていく作品である。
また、人類の歴史上、どのようにエネルギーを効率よく利用していくかは大きな課題であり、そのために奮闘した科学者たちのエピソードもたくさん語られていて、科学史の本としても読める。
1万5000年後に人類絶滅!?
大河内さんの視点は、普通の科学本の視点とはどこか異なっている。たとえば、現在、大気中の二酸化炭素が増加を続け、地球温暖化などの問題を引き起こしているというのは、みなさんもご存知だろう。この問題について、大河内さんは次のようにみる。
二酸化炭素の割合が増えているということは、つまり酸素が減っているということ。そして、大気中の酸素濃度がどれくらい減ってきているかというと、1年間で3ppm、つまり0.0003パーセントの割合で減少しているらしい。
大気中の酸素濃度が約18パーセントを下回ると、人類は酸素欠乏症になり、生きていくことが困難になるそうだ。酸素濃度が年間0.0003パーセント減少していくと、18パーセントを切るのはいつになるのかというと、1万5000年後だという。1万5000年後には人類は絶滅のピンチを迎えてしまうのである。
これは単純計算なので実際にそうはならないだろうが、二酸化炭素の増加問題が叫ばれる中で、あえて酸素に注目してみる、という発想が目からうろこだった。
ちなみに、1万5000年がどれくらいの年月かというと、地球に人類が登場したのが二十数万年前で、1万5000年前には日本はすでに縄文時代に入っているから、近い将来ともいえる。
石油は有限か無尽蔵か
もう一つ、挙げておきたいのが、石油をめぐる論争の話だ。石油について、私の知っている「定説」からいうと、プランクトンの死骸(しがい)などの有機物が地中に溜まり、数億年の歳月をかけて変質して生成されたもの、ということになっている。これは「有機成因説」と呼ばれているものだ。
一方で、石油は生物由来でなく、地球内部の深層で、自然発生的に生成されている、という説があるという。石油の成分からいえば、その可能性も十分にあるそうだ。この説は「無機成因説」と呼ばれ、おもに旧ソ連の科学者たちが唱えていたが、アメリカをはじめとする西側諸国では、敵対するソ連の学説ということで、ほとんど注目されなかった。
しかし、1970年代に、アメリカのある科学者が「無機成因説」を唱えはじめ、西側でも従来の有機説との論争が起こるようになった。「有機成因説」にもとづく私たちの「常識」では、生物の死骸を原料にする石油は有限で、いつかは枯渇するものだが、無機成因説が本当なら、地球の地下深くでほとんど無尽蔵に生成されているから、節約しなくてもいいわけだ。
結論からいうと、現在は、石油のほとんどはやはり有機物由来であるが、ごく少量は無機物から生成されている、ということになっている。とはいえ、定説の裏に、我々の常識をひっくり返したかもしれない論争が存在していたことは、非常に興味深い。
ただし、化石燃料は古代の二酸化炭素など、温室効果ガスのタイムカプセルでもある。いずれにしろ、化石燃料を使えば使うほど、地球に負荷がかかる、ということは間違いない。
2012年11月2日更新 (次回更新予定: 2012年12月1日)
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