立川談志の仕事を次代に伝える – 談志市場

立川談志の遺した仕事を次代に伝えるプロジェクト。
あの伝説の高座映像、激レアのプライベート映像、
病床でも書き続けた直筆短冊や声を失う直前の肉声など、
ほかでは絶対に見られない、オリジナルの「立川談志」コンテンツをお届けします。

立川談志とは?

伝統芸能であった落語を現代のエンターテイメントとして蘇らせた稀代の天才落語家。落語立川流家元。1936年、東京に生まれる。小学生のころから寄席に通い、落語に熱中する。16歳で五代目柳家小さんに入門、前座名「小よし」を経て、18歳で二つ目となり「小ゑん」。27歳で真打ちに昇進し、「五代目立川談志」を襲名する。1971年、参議院議員選挙に出馬し、全国区で当選、1977年まで国会議員をつとめる。1983年、真打ち制度などをめぐって落語協会と対立し、脱会。落語立川流を創設し、家元となる。

談志の楽屋@クラウド

楽屋、打ち上げ会場、インタビューの場、移動中の車中など、談志は時と場所を選ばず、落語論や芸論を展開してきた。事務所が記録してきたそれら「楽屋噺(がくやばなし)」の映像を解説文付きで紹介。


談志の人生@クラウド

カメラを持ち歩いては、昭和の名人、寄席、芸人仲間などを撮影していた若き日の談志は、撮られることにも協力的であったため、膨大な写真が残されている。「談志の人生@クラウド」は、それらから毎回数十枚を選び、著書から引用した「談志の言葉」とともに公開。


談志の遺言 全2巻

2011年2月、声を失う直前の撮り下ろし映像。撮影場所は、かつての色町・白山に現存する大正時代の民家。黒紋付き・袴の談志が、「江戸の風」と「落語のリアリズム」について気迫を込めて語った。まさしく「渾身の落語論」。


談志が舞い降りる三夜

2012年8月16日、17日、18日に開催された『立川談志自伝 狂気ありて』(亜紀書房)出版記念イベント「談志が舞い降りる三夜」の模様を収録。立川志らく(第一夜)、松元ヒロ(第二夜)、立川談笑(第三夜)が、立川談志没後1年の追善としてそれぞれの芸を披露します。