なぜ本を買わないんだ!

第7回 「真実」はわかりにくいもの


[書名]『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』(文藝春秋)
[著者]広瀬隆
[定価]980円(税込)
[購入場所]気象庁内の津村書店
[購入理由]戸井十月さんに勧められたから

読書歴のなかでも重要な1冊

 私が初めてテレビにレギュラーとして出演したのは30年ほど前で、まだ気象協会の職員だった。1982年の「アップルシティ500」という若者向けの番組である。司会者は日替わりで、とんねるず、片岡鶴太郎(かたおかつるたろう)、柳沢慎吾(やなぎさわしんご)、夏木(なつき)ゆたかなどがいた。私はお天気コーナーを担当していて、当時、キー局でもっとも若いお天気キャスターだった(今はもっともロートルなお天気キャスターとなってしまったが)。

 この番組で仲良くなった一人に、作家の戸井十月(といじゅうがつ)さんがいる。父親が自由民権運動の研究家で、ロシアの「十月革命」にちなんでこの名をつけられた、という人だ。ともに番組に出ていた戸井さんとはよく話をし、番組が終わると、戸井さんが車で気象協会まで送ってくれた。

 当時、その戸井さんに、「最近、面白い本ある?」と聞いて勧められたのが、広瀬隆(ひろせたかし)さんの『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』という本だった。この本は、私の読書遍歴のなかでも、とても重要な1冊になった。

この本をきっかけにハマる

 タイトルにあるジョン・ウェインは、1940~1970年代に、西部劇を中心に活躍したハリウッドの映画スターである。彼は1979年に胃癌(いがん)で死亡したのだが、その死に、とてつもない問題が隠されている、というのがテーマである。

 ジョン・ウェインの出演作の一つに、「征服者」という1955年公開の西部劇がある。この作品は、アメリカ・ネバダ州などの砂漠地域で撮影されていたが、じつはネバダ州には核実験場があり、核実験が毎年のように行われていた。1951~1953年には、なんと30発もの核爆弾が落とされたという。しかも、地下ではなくて地上で、である。日本は唯一の被爆国だ、などと言うが、アメリカは自分の国土に核爆弾を何十発も落としていたのである。

 その核実験で生じた「死の灰」が舞う砂漠で撮影を行ったために、ジョン・ウェインは癌になり死んだ、と広瀬さんは言う。そしてさらに、西部劇をハリウッドのスタジオで撮るために、大量の砂をネバダの砂漠からハリウッドへ運んだという。その汚染された砂のせいで、名だたるハリウッドスターたちが、ことごとく癌で死んでいった、ということらしい。

 この本には、1950年代から1980年代にかけて死んだハリウッドの名優たちが列挙されている。死因の欄には、癌(がん)、癌、癌、癌、……。明らかに異常ではないか、と、私はとてつもないショックを受けたことを覚えている。

 この本がきっかけで、私は広瀬さんにハマった。広瀬さんはそれ以降も、原子力発電などの社会問題をテーマとする著書を次々と出していったが、私は『億万長者はハリウッドを殺す』や『東京に原発を』、ベストセラーになった『危険な話』、『ロマノフ家の黄金』『棺の列島』『燃料電池が世界を変える』など、その大半は買っている。

 1986年にはチェルノブイリ原発事故が起こり、原発の危険性に警鐘を鳴らしていた広瀬さんは脚光を浴びた。私も当時はヨーロッパ産の食品を徹底的に避けるなど、広瀬さんの影響を受けて行動したものである。また広瀬さんは、早い段階から地震による原発事故の危険性を指摘している。そして現在、福島原発事故が起きてから、再び注目されるようになったのは、周知のとおりだ。

「わかりやすくて面白い」の危うさ

 そして現在、私の考えは、広瀬さんの本に熱中していた当時とは変わった。広瀬さんの本は、たしかに面白い。夢中になって読める。しかしその面白さは、フィクションの面白さなのではないか? と十数年くらい前から思うようになった。

 ハリウッドスターの死因を、癌、癌、癌、癌、と列挙すれば、非常にインパクトがあるが、全体のデータを俯瞰(ふかん)的に分析すると、果たしてどうなのか。もちろん、挙げられているデータは事実だろう。ただし、多くの陰謀論がそうであるように、事実であっても、断片的に取り出して並べれば、ある程度好きなようにストーリーを作ることができる。そして事実を恣意(しい)的に取り入れて作られたストーリーは、わかりやすく、説得力があり、とても面白い。

 しかし、「真実」は、わかりやすくて面白いものではなく、わかりにくいものであるはずだ、と私は思っている。だからこそ、この「面白さ」に違和感を覚えるのかもしれない。

 この本は、特に若い人が読めばハマることは間違いない、非常に面白い本であるといえる。このたぐいの本は、一度読み出すと、次も、次も、と読んでみたくなる。だが、そこに書かれたことをうのみにしてしまうと、極論に走ったり、異なる意見を強制的に排除したりするようになってしまう危うさがある。ぜひとも、ちょっと距離を置いた冷静な読み方をおすすめする。

(次回更新予定:2013年1月1日)

2012年12月1日更新

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