なぜ本を買わないんだ!

第8回 「権力者」よりも怖いもの


[書名]『世界の陰謀論を読み解く』(講談社現代新書)
[著者]辻隆太朗
[定価]819円(税込)
[購入場所]文教堂書店赤坂店
[購入理由]陰謀論には昔から関心があるから

かつて陰謀論が好きだった

 実は、私は昔から陰謀論が好きで、数多くの関連本を読んできた。若いころは、その本に書いてあることを信じて、「世界の裏側には黒幕がいて、あの事件はそいつらに仕組まれていたんだ」などと考えたこともあった。

 今も読むことがあるが、ノンフィクションとしてではなく、完全にフィクションとして読んでいる。今現在、世界で起こっていることについて、その背景にある陰謀や黒幕の存在を暴くようなストーリーは、リアリティのあるエンターテインメントとして、非常に面白いのである。

 問題は、それらに「フィクション」であると明記されていないことだ。陰謀論には、客観的にみれば明らかにおかしい論理や事実誤認などがあるのだが、よく知らない分野のことだったり、文章が上手で説得力があったりすると、ストーリーが面白いだけに、信じてしまう人が少なくない。

 実際、世の中には、陰謀論があふれている。例をあげれば、「東日本大震災は何者かによって人為的に引き起こされたものだ」「2001年9月11日のアメリカ同時多発テロはアメリカ政府のしわざ」「アメリカのアポロ11号は実は月に行っていない」など、数えきれないほどある。

 なぜ、人は陰謀論にはまってしまうのか。今回とりあげる『世界の陰謀論を読み解く』という本は、それが、非常にわかりやすく論理的に述べられている。情報リテラシーの教科書として、非常に良い本だと思う。

本当の権力者

 陰謀論の考え方には、いくつかの傾向がある。
 その一つは、すべてのものごとを、善か悪か、白か黒か、敵か味方か、といったふうに二元論で考え、「わからない」という立場をとらないことだ。たとえば、Aという人とBという人が同じ会社に所属していたとすると、陰謀論では、それだけの事実から「AとBは裏でつながっている仲間だ」ということにしてしまう。単に「同じ会社にいる」という状態を「仲間である」「味方である」と完全に決めつける。

 実際は、同じ会社で働いていても人それぞれ考えが違うし、それどころか会社の規模が大きければまるで接点がないかもしれない。つまりAとBがつながっているという確証はないのだが、それでも陰謀論を信じる人は「わからない」という立場はとらない。AとBは裏でつながっていると決めつけ、その思い込みを裏付けるかのような情報しか受け入れなくなるのである。

 もう一つは、強大な権力が陰謀を企てている、という思い込みである。陰謀論では、陰謀を企てる政府や団体は、一般市民に知られずに大きな事件を仕組むことができることになっている。

 しかし実際は、そんなことはほとんどないように思う。田原総一朗(たはらそういちろう)さんが、こんなことを言っていた。

 「私は国家権力は絶対的な存在だと思っていた。しかし、自分のテレビでの発言がきっかけで総理大臣が替わってしまったこともある。実は国家権力というものは、絶対的なものではないのではないか」
 私も今ではそう思っている。

 実は国家権力に限らず権力というものは、世論の影響を簡単に受けてしまうほど不安定なもので、だからこそ人々の顔色をうかがわざるをえない。むしろ怖いのは、煽(あお)られて不適切な方向に簡単に突き進んでしまう、大衆のほうではないか。

なつかしい「世界革命浪人」

 この本のなかに、なつかしい名前があった。太田龍(おおたりゅう)氏である。太田氏は、この本では陰謀論の本を多数出した人として書かれているが、元々は新左翼の運動家である。とくに1970年代は、彼の本がとてもよく売れていた。当時20代だった私も熱心な読者の一人で、彼の本は何冊も読んだ。

 1970年代は、連合赤軍(れんごうせきぐん)の「山岳ベース事件」や「あさま山荘事件」、過激化する内ゲバなどで、新左翼運動が次第に支持を失っていった時代だ。そんななかで注目されていたのが、太田龍、竹中労(たけなかろう)、平岡正明(ひらおかまさあき)の三人の著述家である。

 彼ら三人は「世界革命」を目指す「世界革命浪人」を自称して、積極的に言論活動を展開していた。なかでも太田氏は、北海道のアイヌ民族は日本から独立して革命を担うべき、という「アイヌ革命論」をとなえ、その思想に共感した人間によって北海道庁爆破事件(1976年)などが引き起こされた。

 当時の私は、彼らの著作に共感する部分もあったが、今思い返してみると、「彼らはどれだけ本気で独立や革命をとなえていたのだろうか」という疑問がわく。熱心に独立や革命を説いていたが、見方を変えれば、ひたすら過激なことを書き続けて煽るだけ煽り、何十冊もの本を出していただけのようにも思えるのである。そして実際にテロなどの行動を起こしたのは彼らではなく、彼らの思想に共感した若い連中だった。

陰謀論と闘うためのリテラシー

 新左翼運動も陰謀論も、その構図は同じではないだろうか。ある事件やできごとについて、誰かが陰謀のストーリーを仕立て上げる。仕立てる側は、面白ければいい、本が売れればいい、どうせ真相はわからないのだから、というスタンスなのだろう。

 しかし、それを信じこんでしまい、行動を起こす人は必ず出てくる。さらにそれが人々に広がって多数派になってしまうと、とても恐ろしいことになってしまう。そうならないためにも、この本が教えてくれる陰謀論と闘うためのリテラシーは、これからの時代、私たちにとって重要になってくるだろうと思っている。

2013年1月1日更新 (次回更新予定: 2013年2月1日)

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