『ハスラー―プロフェッショナルたちの革新』訳者まえがき

訳者まえがき

細谷 功(ほそや いさお)

 

 本書のキーメッセージは「プロフェッショナルも革新しなければならない」である。ここでいう「プロフェッショナル」とは、専門性や独立性が高く、時に難易度の高い資格を必要とし、往々にして閉鎖的かつ排他的な職業、具体的には医師、弁護士、会計士といったいわゆる「士業」、ならびにフィナンシャルアドバイザー、コンサルタントといった人々のことを指す。

 環境変化やICT(Information and Communication Technology)の発展によって当然どの職業も変わる必要があるのだが、特にこの「プロフェッショナル」ならではのポイントがある。それは、クライアントや顧客に対して何らかの「変化」を要求するこれらの人々が、往々にして最も変化に対して抵抗を示すということだ。またプライドが高く、他者に弱みを見せたがらないために失敗を恐れる傾向を持っているというのもプロフェッショナルの特徴と言える。

 ところが今は、それを許さないほどの待ったなしという状況になりつつある。インターネットを利用すれば、単なる断片的な専門知識は誰でも十秒で検索できるようになってしまった。これによってプロフェッショナルの専門知識上での優位性は大きく揺らぐことになるだろう。
また透明性の高いバーチャルなソーシャルネットワークの世界では、個人の評判はあっという間に全世界をかけめぐる。もはや「お高くとまって仕事を待っている」時代ではないのである(レストランやホテルのように、「プロフェッショナル個人」のレーティングがクライアントによって可視化される時代も遠くはないのではなかろうか)。

 本書で提案されるプロフェッショナルのパラダイムシフトの根幹にあるのが「客引き(ハスラー/hustler)という言葉に象徴される、能動的に自らの能力を広報し、クライアントに「営業する」プロフェッショナルである。

 具体的に求められる変化として本書が挙げているのは、以下のような考え方の変革である。

 

  • 伝統的手法の堅持からイノベーションの活用へ
  • 完璧さからスピードへ
  • 「完成品」から「永久の未完成品」へ
  • 公私の明確な区別から公私の一体化へ
  • 「オフライン」から「オンライン」へ
  • 閉鎖的な世界から「ガラス張り」の世界へ
  • 同業者とは「競合」から「協業」へ
  • 知識の切り売りからクライアントの課題解決へ
  • 一方向の知識の伝達から双方向の会話へ
  • 「受動的な営業」から「能動的な営業」へ
  • 「時間単位の請求」から「提供価値による請求」へ
  • 「お堅い作法」から「ゆるい作法」へ
  • じっくりと時間をかけたサービスからリアルタイムなサービスへ
  • すべて自前のサービスから専門家の協業体制へ
  • 限定されたエリア内のサービスからグローバルなサービス提供へ
  • メディアの利用からメディアの自己所有/活用へ
  • 事務所ブランドから個人ブランドへ
  • お高くとまった「先生稼業」から顧客志向の「サービス業」へ
  • 専門知識によるクライアント獲得から信頼によるクライアント維持へ

 

 こうした根本的な変化にもかかわらず、プロフェッショナルに必要な本質的事項は変わらないとも著者のカプランは説く。例えばクライアントのことを熟知することとか、最も重要なのは信頼関係であるといったことである。これらは不変的なものでありつつ、それを実現するための手段が、特にICTの変化によって自在になったために、先に述べたような行動パターンの意識変革が必要になるのだ。

 クライアントの「自分たちは特殊だ」という発言に対しては反発しがちなプロフェッショナルも、こと自分たちのことになるとやはり「自分たちは普通のビジネスマンとは違うのだからこんな流れは関係ない」と考えてしまうのではないだろうか。まさに「医者の不養生(ふようじょう)」「紺屋(こうや)の白袴(しろばかま)」状態である。英語にも「靴屋の子供はいつも裸足で走っている」(The shoemaker’s son always goes barefoot)ということわざがあるぐらいで、これは万国共通の現象と言えるだろう。クールビズが社会の大部分に普及しようが、最後までネクタイを外そうとしない保守的な性質を持っているのが、この「プロフェッショナル」という種族である。

 本書は、こうした環境変化を伴うパラダイム変化に対応して具体的なイノベーションを起こした主にアメリカのプロフェッショナルを六十名(組織)以上紹介している、いわば「プロフェッショナルイノベータ―列伝」である。本書の独自性の一つは、著者自身のインタビューによるそうした豊富な具体的事例にある。さまざまな業種が紹介されているが、本質的なところは変わらないので、ぜひそこは「自分の職業とは違う」「日本とアメリカの△△事情は違う」と頭から否定せずに抽象度の高い共通点を意識し、アナロジー(類推)的な考えを駆使して「肥やし」にしていただきたい。こと「プロフェッショナル」というセグメントの動きに関しては、アメリカでの取り組みは参考にできるところ大である。弁護士やコンサルタントに代表されるが、まずは数で圧倒的に多く、競争も激しいことから手法や取り組みなども日本の数年後を考える上で参考になるだろう。

 高齢化、そして製造業からサービス業への人口のシフトに伴って「プロフェッショナル」の数は日本でも確実に急増するものと思われ、そこでの競争もアメリカ並みになることが容易に予想される。したがって、本書で紹介されている「セルフブランディング」の事例は単なる「先進事例」ではなく、いずれ「サバイバルスキル」になっていくだろう。

 著者も指摘しているように、本書の内容を実践する上で重要なことは、「変えざるべきものと革新すべきものの見極め」ということになるだろう。どんなにツールが進んでも、クライアントに最高の付加価値を他の人にはできない圧倒的なレベルで提供する、そのためには専門スキルのみならず「信頼」が最も重要な要素であるというのは不変かつ普遍なものと言える。
また、訳者自身の経験も踏まえて、プロフェッショナルならではの阻害要因として挙げられるのが前述のプロフェッショナルの保守性と守秘義務の問題だろう。特に守秘義務の問題に関しては、ソーシャルメディアの活用に際して、ここが最大の障壁になりうるが、これに関しても著者は触れているので参照してほしい。

 

 本書のために、フレームワークを用意した。ここまで述べてきたことを念頭に置いて、このフレームワークを使って本書の事例を整理しながら読みすすめてはどうか。

 ここでは、プロフェッショナル個人が最終的にクライアントにサービスを提供する上でポイントとなる項目を、①各プロフェッショナル個人が持つべき基本姿勢、②最終的に顧客に提供すべきサービス内容とその提供方法としてのクライアント接点(顧客サービス)、そしてその真ん中に③として、プロフェッショナル組織が②を提供するためのサービスへの取り組み方法(内部運営)という三つの視点に分類した。またそれらを「変えざるべきもの」と「革新すべきもの」で分けてみた。

 巻末に本書のすべての登場人物(本文中、ゴチックで強調)をリスト化し、各々の事例が「プロフェッショナル革新のフレームワーク」のどの項目について言及したものか、その対応をマッピングしておいたので参考にしながら読んでほしい(その意味で、本書はどこからでも読めるようになっている)。

 また、ICT関連のツールとして、巻末および文中にさまざまなサイトやサービスが紹介されている。これらはあえて日米の事情や言語の違いなどを考慮せずにそのまま載せてある。そのまま活用できるものもあるが、そうでないものでも、読者が新たに「日本版」にアレンジして活用することも可能なので、興味があるものは実際に試してみてほしい。

 

 さて、以上のことをすべて考慮にいれて、「プロフェッショナル」はどこまで環境変化に適応できるだろうか? 「プロフェッショナルの特質」として挙げてきた行動特性に関する訳者自身の数々の自戒も込めて、本書を「日本のプロフェッショナル」に贈る。

 

 なお、本書は「プロフェッショナル&イノベーション」シリーズの一冊という位置づけである。これら二つのキーワードの、新しい環境下で閉塞感に満ちている日本を変革するために必要なコンセプトが込められている。「会社という均質化された集団」から「突出した差別化要素を持った個人」が起業家精神をもって新しい価値を生み出していく時代が到来しつつある。そうした時代の原動力となるような海外発の書籍を日本に紹介し、高い変革意識を持った読者層に提供するのが本シリーズのミッションと考えている。