なぜ本を買わないんだ!

第9回 自然現象は「はかない」

[書名]『雪の結晶 冬のエフェメラル』北海道大学出版会
[著者]小林禎作
[定価]1575円(税込)
[購入場所]いただいた本

気象予報士さえも知らない名前

 今回ご紹介するのは、小林悠(こばやしはるか)さんというTBSの若いアナウンサーからいただいた本である。彼女は、かの有名な小林禎作(こばやしていさく)のお孫さんだ。テレビでたまたまそのことを聞き、本人と仕事で一緒になったときに話したところ、彼女の祖父が書いたこの本をいただいた。この連載は私自身が「買った」本の中から紹介するというルールだが、今回だけは例外である。他の書評では取り上げられることがないであろう貴重な一冊なので、あえて紹介することにする。

 かの有名な、と書いたが、ご存知でない人のほうが多いだろう。小林禎作は、北海道大学低温科学研究所の、「雪の結晶」の研究で有名な科学者である。雪の研究というと、世界ではじめて人工雪を作った中谷宇吉郎(なかやうきちろう)が世界的に有名だが、小林は中谷の研究を受け継ぎ、発展させた人物であり、その業績は非常に大きい。

 しかしその偉大な科学者の名前は、いまでは忘れられてしまっている。一般人はもちろん、気象予報士でさえ、ほとんど小林禎作の名を知らないのである。

 小林が所属した低温科学研究所は現在でもあり、私も20年ほど前、あるテレビ番組の企画で訪ねたことがある。「マイナス70度の世界をつくる」という企画で、私が実際に、研究所内に作られたマイナス70度の部屋の中に入ってリポートした。15分以上いると命の危険があると言われ、とにかくあらゆるもの、自分の息すらもすぐに凍ってしまうという、すさまじい世界だった。

天からの手紙、悪魔からの手紙

 今回取り上げる『雪の結晶 冬のエフェメラル』は、小林禎作が、雪の結晶について一般向けに書いた本だ。薄い図鑑のような体裁で、中には雪の結晶の写真や図がたくさん掲載されており、それらをながめているだけで楽しめる。さらに雪の観察方法や研究史なども書いてあり、雪の入門書として面白く、すばらしい作品だ。

 一口に雪の結晶といっても、形はさまざまで、一つとして同じ形のものはない。ただし、すべて六角形を基本にできている。また、それらの形は、「針(はり)」「角柱(かくちゅう)」「角板(かくばん)」「扇状六花(おうぎじょうろっか)」「広幅六花(ひろはばろっか)」「樹枝状六花(じゅしじょうろっか)」というふうに、おおまかに6種類に分類できるそうだ。六角形が6種類……雪という自然現象は6という数字と関係が深い。

 東京の子どもに雪の絵を描かせると、ぼたん雪のイメージなのか丸く描くが、北海道の子どもに雪を描かせると、ちゃんと六角形に描くという。日常的に雪を目にしているからだろう。実際、雪の結晶は肉眼でも見えないこともないし、虫めがねがあれば、十分観察できる。研究では、特殊な薬品を使って固めるなどして観察や撮影をしているそうだ。

 雪は「天からの手紙」とも呼ばれる。雪の結晶の形は、水蒸気の濃度や気温など、大気の状態によって決まり、雪を見れば上空の気象がどういう状況なのかがわかるからだ。大気中に汚染物質があると、それに影響されて結晶の形も変わってしまう。これは「悪魔からの手紙」と呼ばれ、その雪が降ったら大気汚染が深刻になっている、という警告になる。

 このような、どんな大気状態のときにどんな結晶ができるのか、ということをおおまかに分類して図式化したものを「ダイアグラム」という。小林禎作は、中谷宇吉郎が作ったダイアグラムを改良して「小林ダイアグラム(中谷―小林ダイアグラムともいう)」を発表した。「小林ダイアグラム」は、気象に関する本を読むとたいてい載っていて、小林の重要な業績の一つである。

タイトルに学者としての矜持

 本書のタイトル『雪の結晶 冬のエフェメラル』の「エフェメラル」とはなんだろう、と調べてみた。辞書によると、「はかない」「つかの間の」という意味のギリシャ語由来の言葉だそうだ。

 実際、自然現象ははかないものだ。雪なんかはすぐに溶けてしまうし、虹や雲もすぐに消えたり形が変わったりしてしまう。そのときの大気などの状況によって、偶然に一瞬だけ作り出される、幻のようなものなのである。

 非常に洒落(しゃれ)た、いいタイトルだ。普通の人が知らないような、洒落た言葉をタイトルにするあたりに、小林の学者としての矜持(きょうじ)があらわれているように思える。

2013年4月16日更新 (次回更新予定: 2013年5月1日)

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