「自己矛盾」の構造

第5回 全然気にしない

肩に力の入った発言

前項「あの人ケチだよね」で述べたように、「そのこと」を気にしていないのなら、他人の「そのこと」についてもまったく気にしないはずです。では、「〇〇のことは全然気にしません」という発言はどうでしょうか。「〇〇」には、結婚相手を選ぶ際の「年収」「容姿」だったり、買い物や会社選びの際の「ブランド」などが入ります。

このような発言には大きく二つの場合があります。

自分は本当に気にしていないのに、気にしていると思っている人に対してのカウンターとして発言する場合と、半ば自発的に「自分の価値観の表現」として発言する場合です。ここで取り上げるのは後者です。

後者の場合には「肩に力の入った発言」であることが多く、「気にしていない」にもかかわらず、「全然」のような強調の言葉を挿入することが多いようです。ここに本テーマの「自己矛盾の構造」が見え隠れします。

 

「空気」と同じなら

そもそも「気にしていない」のであれば、そのことについて言及すらしないはずであり、それを題材として取り上げている時点で「気にしないという言い方で気にしている」ことになるからです。

例えば、よく「重要だが存在感がない」ことの代名詞で用いられる「空気」ですが、「私、空気のことなんか全然気にしていませんから」という発言は聞きません。また、「私、100年後の今日の天気とか気にしていません」などと、本当に「どうでもいい」ことを取り上げて「気にしていません」とあえて言う人はいないでしょう(それが「本当に気にしていない」ことを意味するからです)。

 

「学歴不問」を裏返せば

この「自己矛盾的発言」には、「自分でも克服したいと思っていることを、あえて自分に言い聞かせている」場合もあるでしょう。例えば、「私、他人の批判なんて気にしませんから」という発言は、大抵の場合は本当に気にしていないというよりは、(人一倍批判を気にしている自分に対して)「そうありたい」という願望を宣言している側面があるように思えます。なぜなら(これも先の「ケチの構造」と同様に)「本当に気にしていないことに関しては発言すらしない」はずだからです。

このような発言の裏側には、「昔は自分もそうだったがいまは違う」という背景も見えてきます。自分が克服してしまったことを他人の中に見てしまうと、バイアスがかかって必要以上に見えてしまうということなのでしょう。

これは個人だけでなく会社でも同じことで、例えば採用の募集要項に「学歴不問」と書いてみたり、必要以上に社内でお互いの学歴に触れることに神経質になったりするのも、実は学歴への強烈な意識の裏返しにすぎないとも言えます。

「血液型不問」とか「誕生月不問」なんていう募集要項は見たことがありません。何度も言うように、「本当にどうでもいい」ことには言及すらしないはずで、それが「本当に気にしていない」ことを意味するのです。

 

*本コラムは、『自己矛盾劇場―「知ってる・見えてる・正しいつもり」を考察する』として書籍化されました。全国書店で発売中です。

2018年10月8日更新 (次回更新予定: 2018年10月22日)

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