森田さんの連載「なぜ本を買わないんだ!」は、2014年夏、書籍化いたします。現在鋭意編集中。お楽しみに
[書名]『悪貨』講談社
[著者]島田雅彦
[定価]1600円
[購入場所]文教堂赤坂店
珍しく買った小説
私はいろいろなジャンルの本を読んでいるが、いつの頃からか小説はあまり読みたいと思わなくなった。それでも時に、読みたいと思う作品がある。今回はそのうちの一冊をご紹介しよう。
タイトルは『悪貨』。著者の島田雅彦(しまだまさひこ)さんは、気鋭の作家だ。経済、政治、美術などいろいろな分野に精通していて、文章が非常におもしろく、島田さんのコラムを掲載している雑誌は必ず買っている。
島田さんのお父さんは共産党員だったといい、島田さんもその影響を色濃く受け、「サヨク」と自称していたこともある。左翼ではなくサヨクなのは、どこかに照れがあったのかもしれない。
ドル経済への批判を小説に
精巧な偽札が大量に発見されたことを発端とするこの小説は、現代の世界を舞台にした経済エンターテインメントである。たんなるエンターテインメントではなく、現代の世界経済に対する問題提起も含まれている。とくに、アメリカドルに対しては批判的な姿勢がかいま見える。
アメリカドルは事実上、世界の基軸通貨であり、ドルなくして世界は動かない。2008年にリーマンショックで金融恐慌を迎えたアメリカは、そのドルを大量に発行して世界に流通させた。ドルを大量発行して流通量が多くなればなるほど、価値が下がる。その基軸通貨の混乱を受けて、世界中の国が経済に影響を受けてしまった。ドルを大量に国債として買っている日本もまた、大変な打撃を受けた。
当時、そういった状況を見ていた島田さんは危機感を覚え、いわゆるアメリカ中心のグローバル経済や、コンピュータ上だけで莫大な金が動く金融取引を批判したかったのだろう。
ちなみに、今現在、ドルの状況は当時とは変わってきている。この作品が書かれたのは2010年だが、この3年ほどで、石油に代わる資源としてシェールガスの実用化が本格的に進み、「シェールガス革命」とまでいわれるようになった。そして、それを手に入れたアメリカのドルの価値は上がり始めている。
この小説は、そういった国際経済のことや「お金とは何か」という根本的なことを、偽札というテーマを通じてうまく書いている。また、エンターテインメントとしてもおもしろいので、難しいことを考えずにただ楽しめる作品にもなっている。
とにかく付録が素晴らしい
普段小説を読まない私が、なぜこの本を買おうと思ったかというと、付録があったからだ。どんな付録かというと、「0円」のお札である。とても凝っていて、一瞬本物のお札のように見える。これが本の中に、しおりのように挟まっているのである。
昔、作家の赤瀬川原平(あかせがわげんぺい)さんが千円札をそっくりに模写した作品を描いたために起訴されたことがあったが、こちらは「0円」のお札だから、もし使っても価値はゼロ。だから法律としては罰しようがない。
デザインもいい。描かれている肖像は弥勒菩薩(みろくぼさつ)だ。「日本銀行券」の文字や製造番号まで書いてある。0円札と書いてあるが、どこかの共同体でたとえば「1万円」という価値を付けて使えば、ちゃんとお金として流通させられるのではないか、という幻想を抱かせるほどの出来だ。このお札を見ているだけで「貨幣ってなんだろう」「しょせんお金なんて共同幻想だな」などというところにまで思いが至る。
この本を買うなら、この付録がちゃんとついているか確認して、絶対にこのお札を手に入れるべきだ。
2014年2月20日更新
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