必然としての「対立」
本連載のテーマは「対立」です。古今東西、老若男女の著名人のみならず、私たちの日常で身近な人から聞かれる数々の「名言」を取り上げて、そこに潜むさまざまな対立構造を読み解くことで、世の中の仕組みや人としての考え方を明らかにしていくことが本連載の目的です。
ではなぜ「対立」を取り上げるのか? それは人間の思考回路の根本にそのような対立構造が潜んでいるからです。人間がさまざまな視点で「◯◯である」といった形で考えるとき、そこには暗黙のうちに「〇〇でない」ものとの比較という形での視点が入っているのです。
私たちが何気なく使っている言葉の定義に関しても、「◯◯である」ことを明確にするためには必ず、暗に「◯◯でない」ものとの区別をしています。このことは、意識しないとなかなか認識することができません。例えば「犬」という言葉を定義するためには、その定義によって明確に「犬でないもの」との区別ができなければならないのです。
本書で取り上げる「対立」には、さまざまなものが含まれます。
まず名言によく見られる、全く正反対のメッセージという矛盾という形での対立(「急がば回れ」と「善は急げ」とか)があります。直感的に正しいものと思われることに対しての反対のメッセージとしての対立(「きれいなバラにはとげがある」とか)もあります。さらには、すべての人間が知らず知らずのうちに持っている認知バイアスへの矯正としての対立(「借りた金は忘れるな。 貸した金 は忘れろ」とか)、「言っていることとやっていることの矛盾」、つまり「自己矛盾」という対立(「私は世界一謙虚な人間だ」とか)もあります。
マーシャル・フィールド × ヘンリー・フォード
この第1回では、ビジネスの世界で永遠に繰り返される議論、「顧客の言うことは聞くべきか聞かざるべきか?」という「対立構造」を取り上げます。さっそく、二つの名言を見てみましょう。
●「顧客は常に正しい」“The customer is always right.” (Marshall Field)
●「何が欲しいかと尋ねれば、人は皆『もっと速い馬』がほしいと答えるだろう」“If I had asked people what they wanted, they would have said faster horses.”(Henry Ford)
一つ目はアメリカのデパートの創業者であるマーシャル・フィールドの言葉です。そもそもこの言葉の起源には諸説ある上、似たようなキャッチフレーズがさまざまな会社でスローガンとして用いられていますから、もはや誰がルーツかはあまり問題ではないでしょう。要は「お客様は神様です」ということです。
これに対して二つ目は、これもイノベーションの世界で引用される言葉として一、二を争うほど有名な、ヘンリー・フォードの言葉です。一般の顧客というのは、「いまあるものの改善」を常に言ってくるので、馬から自動車へといった不連続なイノベーションには、「顧客の声」を聞くことは望ましくないというのがこの言葉の趣旨であると言えます。
「顧客の声は聞くべきか聞かざるべきか?」という問いは、顧客を現場と置き換えて「現場の声は聞くべきか聞かざるべきか?」としても同様の構図で、両者の主張の対立は、さまざまな場面で日々繰り広げられていることでしょう。
多くは「どちらも正しい」
このように相反する両極端の主張の対立構造の大多数は、「状況次第でどちらも正しい」わけですが、往々にして人は自ら育ち経験してきた世界をすべてだと思いこんでしまうために、「自分は正しくて相手が間違っている」という思考回路に陥りがちです。本連載で取り上げるような「名言の対立」を読み解くことによって、そのような思い込みや視野の狭さに気づくことができます。
では、「状況によっては正しい」というときの「状況」とはどのような場合なのでしょうか。どのような場合に「顧客の言うことは全て聞くべき」で、逆にどのような場合には「文字通り聞くことに意味がない」のでしょうか?
まず一つ目の「場合分け」は、それが「情報収集のため」なのか、「(次のアクションを決める)意思決定のため」なのかということです。「顧客」でも「現場」でも、実際に具体的に起こっている事象を最もよく知っているのがその人たちですから、「いま何が起こっているのか?」を正確に把握するためには、「顧客」や「現場」が全てといえますが、だからといって「次にどうすべきか?」は必ずしも顧客や現場が語れるわけではありません。「現状に詳しい」ことは将来のことを考える上ではむしろマイナスに働くことも多いからです。例えば、現在の延長を中心に考えるために斬新な発想ができないとか、さまざまな「しがらみ」を知りすぎているがゆえについつい「できない理由」が出てきてしまいます。
フォードの言葉にある「速い馬が欲しい」という「顧客の声」を具体的なレベルでとらえてしまえば、「ではどうすれば速い馬ができるのか、馬の骨格や食事について調べてみよう」という話になるわけですから、これは「そのまま信じるべきではない」という結論になりますが、このような顧客の声を抽象化してみると、「速く移動したい」という上位目的が見えてきます。このようなニーズを真摯に受け止めることは、新しい商品を作る上で必須の姿勢になります。
一見相反するメッセージも、「状況次第で両方正しい」となることがほとんどです。このような構図を前提に考えれば、他人の言動に対して「あなたは間違っている」と安易に断言・拒絶してしまうことがいかに危険であるかがおわかりでしょう。相反するメッセージや意見に接した場合にはまず「見ているところが違うのではないか?」と疑ってみることが重要です。
本連載では引き続き、こうした対立メッセージを取り上げながら、さまざまな「ものの見方」を整理・解説していきます。
2018年2月1日更新 (次回更新予定: 2018年3月1日)
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