落語的了見

第19回 車

私は免許を持っていない

私は免許を持っていない。だからこそ勝手なことを言わせていただく。

 スピード、出し過ぎではないか。スピードを出せば出すほど事故を起こす率はあがるはずだし、人をひき殺してしまうリスクが増える。それなのにスピードを出す。たとえば40キロ制限の道で、制限速度を守っているドライバーがどれだけいるのだろうか。

 ドライバーに言わせると「制限速度をちんたら守っていたら交通がマヒしてしまう」とのこと。しかし、だれも守らない制限速度ってなんなのだろう。ならばもっと制限速度を下げてしまえ。「スピード違反の罰金が高すぎる」とドライバーは口をそろえるが、もっと高くしてしまえ。人の命を奪いかねない行為なんだから、二度とスピードは出すまいと思うくらいの罰金にした方がよい。

 免停の基準も、もっと厳しくしたらよい。世の中、ドライバーであふれているのだから、どんどんいなくなったってだれも困りはしない。

素人であふれかえる道路

 私が車を怖いと思うのは、道路を走るドライバーのほとんどが素人だからだ。飛行機も電車も運転する人はプロだ。道路が素人であふれかえっているのだから、事故が起こるのも当然だ。

 免許の書き換えの際に、運転試験を行うべきではなかろうか。そこで落ちたら免許剥奪(はくだつ)。「ひどい」と言う輩がいるだろうが、試験に落ちるような奴が平然と運転してよいのですか?

 もう一つ怖いのが、カーナビ。確かに便利だが、地図を見ながら運転なんて、こんな乱暴な話はない。携帯電話でしゃべりながらの運転は罰金。ならばカーナビを見ながらだって同じではないか。携帯電話で道を教わりながら運転したらどうなる? 私はまだその方が安全だと思うのだが。カーナビを禁止しなさい。音声だけにすれば問題ない。

 あとテレビまでつけている車がある。テレビがよければ読書だっていいだろうに。そのうちゲームをしながら運転なんというのも現れるだろう。カーレースのゲームをしながら車を運転。なんだかわからなくなる。

警察が隠れていやがる

 ただひとつドライバーが気の毒だと思うことは、警察のねずみとり。なんだありゃ。警察が隠れていやがる。お巡りさんが点数を稼ぐためだけにやっていると思われても仕方ない。警察官が目立つところに立っていたらだれも違反はしない。違反者を取り締まることが第一ではない。事故をなくすことが第一のはず。隠れてどうする。

 隠れるならいっそ、私服警察が街中にいて違反者を取り締まればよい。それが一番効果的だ。その噂(うわさ)が広まれば、いつ違反切符を切られるかわからないから、ドライバーも用心して運転するようになるであろう。それとも、ドライバーが「警察がどこかにいるのではないか」と、のべつキョロキョロしてしまいかえって事故が増えてしまうか。

本性が見えて嫌だ

 どうして車を運転すると狂暴になる人が多いのだろうか。普段は穏やかな人でも、ハンドルを持ったとたんに狂暴になる。割り込みをする車があると、まるでチンピラみたいな口調で相手を罵る。もちろん相手に聞こえないように。

 歩いているとき、他人に抜かされたからと言ってそんなに怒りますか? 車という密閉された空間で、いくら罵(ののし)っても相手には聞こえないから、ついつい口調が乱暴になるのだろう。だけど、そんな場面を見ると、その人の本性を見てしまったみたいで嫌だ。

2013年6月10日更新

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