名言は対立する

第5回 「三人寄れば文殊の智恵」×「船頭多くして船山に上る」

 

「寄る」か「一人」か

今回もことわざを取り上げます。

●「三人寄れば文殊の智恵」
●「船頭多くして船山に上る」

これらのことわざ、要するに前者は「人数は多いほうが良い」、後者は「人数は少ないほうが良い(一人が一番)」と言っています。一見、真っ向から対立する教えのように見えますが、この二つのことわざの「矛盾」は、比較的理解しやすいとも言えます。「知識を集めるのは多人数が良い、リーダーシップは一人が良い」と、場合分けがはっきりしているからです。

リーダーシップに関しては、複数の司令塔がいて指揮命令系統が不明確で一貫性がなければ、組織やグループが混乱するというのは誰にもわかりやすい現象です。一方で、一人でアイデアを絞るよりは様々な有識者を集めて意見を募ったほうが多様なアイデアが集まるという点で、そのほうが良いというのもわかりやすい話です。

ところがよく考えると、どちらの教えに当てはまるのか迷う場面が出てきます。それは、双方が交差した「知的なリーダーシップ」が必要になる場面です。

 

「三人寄れば」凡庸に

スポーツや会社等の「組織」のように、現象が見えやすいグループにおけるリーダーシップについては、「船頭多くして……」が明白に当てはまるので、この使い方を混乱することはほとんどないでしょう。

実際「複数のリーダー」が現れて混乱が起こるとすぐに、その構成メンバーから混乱の原因として「船頭が多い」ことが挙げられるのはよくある話です。

問題は、このように「分かりやすい(皆が気づく)リーダーシップ」ではなく、「概念」や「コンセプト」といった形での「知的リーダーシップ」です。

例えば新製品の企画や街づくりのコンセプトといったようなものが、それに相当します。このような企画は基本計画から詳細計画に至り、そして具体的な実行という形の流れをたどっていくのが一般的なプロセスになります。

これは「川上(高い抽象度)→川下(低い抽象度)」という知的活動の流れであり、川上から川下に流れるにしたがって、抽象的なものが順次具体化されるという「抽象→具体」の流れをたどっていきます。この流れとともに同じく「川上→川下」という形で起きる変化は、参画者の増加、分業化、標準化といったものです。

ところが、このような「抽象(川上)→具体(川下)」といった知的な属性の変化は、ほとんどの人が意識していません。そのため、本来は「強力な知的リーダーシップ」と表裏一体の抽象的な知の世界にも、「三人寄れば……」的な「量重視」の価値観が持ち込まれ、混乱が起きる(かつ、そうなっていることにも気づいていない)ことになってしまうのです。

典型的なのが、方針を決める(という本来は川上であるはずの)打ち合わせに「多くの有識者」を集めて討議してしまうがために、様々な方向の意見が出されて結局「最大公約数の凡庸な企画になる」という事象です。

これは実は、「船頭多くして……」の教えが示す「知的問題解決バージョン」であるにもかかわらず、ほとんどの人がこの構図に気づかないところが、上記の「皆が気づく」リーダーシップの混乱との決定的な違いです。

 

川上か川下か

冒頭の「二つのことわざ」に戻れば、これらの違いは「知識かリーダーシップか」の違いでとらえるのではなく、「知的活動における川上か川下か」でとらえると別の世界が見えてきます。

知的な世界においては、抽象度の高い川上では「人数が少なければ少ないほど」品質は上がり、具体性の上がる川下では「多くの人の多様な知識が有効に働く」ことになります。

川上と川下という概念を持つことの重要性は、今回の事例に限ったことではありません。ちょっと見渡せば、こうした構図に気づかないことによって起こっている混乱を見つけることができるでしょう。

[イラスト:一秒]

2018年6月4日更新 (次回更新予定: 2018年7月1日)

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