イノベーターの至言

第1回 個企逆転

今日の至言

“Going to work for a large company is like getting on a train – Are you going sixty miles an hour or is the train going sixty miles an hour and you’re just sitting still?”

「大企業に勤めるというのは電車に乗ることに似ている。あなた自身が時速60マイルで走っているのか、あなたはただ時速60マイルで走っている電車でじっとしているだけなのか?」

Jean Paul Getty
12/15/1892 – 06/06/1976
US oil industrialist

 個人と企業の関係が大きく変わりつつあります。一言で表現すれば、企業と個人の関係が逆転している「個企逆転の時代」と言ってもいいでしょう。

 大企業に勤めることの最大のメリットは、個人では使うことのできない「ヒト・モノ・カネ」という経営資源をふんだんに使えることにあります。特に大量生産を前提とした製造業のような大規模な生産設備を必要とする仕事では、この絶対的優位性は揺るぎのないものでした。

 ところが産業の「サービス化」「ソフト化」という流れに加えて、それらの「生産設備」としてのICT(情報通信技術)の飛躍的発達によって、この構図がすっかり変わってきました。一昔前まではICTにおいても企業が圧倒的に優位でしたが、最近ではさまざまなルールで柔軟性や先進性を殺されてしまった企業システムよりも、最新技術やクラウド環境を自由に、そして柔軟に享受できる個人のほうが優位になる側面も出てきました。

 そんな現象とつながっているのがこの言葉です。今日の至言の主、Jean Paul Gettyはアメリカの石油王ですが、彼は「電車と乗客」とのアナロジーで大企業とその従業員の関係をうまく表現しています。

 この言葉に表現されているような、大企業に勤めていることで生まれる「勘違い」は、よくあることだと思います。営業成績が上がっていること、簡単に取引先が会ってくれたり時間を取ってくれたりすることなどは、ブランドが確立された大企業ならではのことです。それらが自分自身の本当の「実力」による結果なのか、あるいは自分が所属する大企業のブランドによるものなのか。それらを切り離して考えることは非常に難しいでしょうが、ほとんどの人は「勘違い」してしまうのではないでしょうか。

 この構図は、企業の「花形事業」に配属された若手社員においても見られます。社内で大きな顔ができるのは、先輩方が長年にわたって築き上げてきた実績によるものであることをついつい忘れてしまいがちです。

 こうした「勘違い」があっても、大企業優位の時代であれば、勘違いしたままで仕事人生を全うすることができたでしょう。しかし、現在のような「個企逆転」の時代では、そううまくはいきません。「実力」に占める、会社や所属組織の割合が下がり、個人の重みが増してくるからです。

 「大企業が電車」というGettyのアナロジーを応用するなら、個人向けICTが進化した現代は、「個人がみな高性能電気自転車を持っている」とでもいえるでしょうか。この自転車、かなり強力です。毎時100キロ以上のスピードが出て、自転車なのに雨風をしのげるし、しかも自動車と違って渋滞も関係ないという優れものです。

 こうなったら「電車」に乗る機会はどんどん減る一方でしょう。決められた路線しか走れず、決まった駅にしか止まれない。終電は決まっているし、朝夕のラッシュもひどいとなれば、もはや電車の優位性は揺らぐ一方でしょう(「居眠りしていてもどこかに着いている」というのは、電車の最大の特権かも知れませんが……)。

(次回公開予定:2012年7月20日)

2012年6月20日更新

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